主な裁判例

1 外国人の生活保護受給資格 永住外国人申請却下事件(最高裁平成26年7月18日判決)

【事案の内容】
 永住者の在留資格を有する中国籍の外国人である原告が、生活に困窮したことから、大分市福祉事務所において生活保護を申請した。大分市福祉事務所長がその申請について却下処分をしたため、原告は、主位的に却下処分の取消(取消訴訟)及び保護開始の義務付け(義務付け訴訟)を求め、予備的に保護の給付(当事者訴訟)を求め、さらに予備的に保護を受ける地位の確認(当事者訴訟)を求めて、大分地方裁判所に提訴した。

【問題の所在】
 外国人が生活保護の決定に対し、不服申立てを行うことができるか。
 適法に日本に滞在し、活動に制限を受けない在留資格を有する外国人(特別永住者、出入国管理及び難民認定法別表第2に掲げられた在留資格を有する者、難民認定を受けた者)は生活保護を利用することができるが、外国人も、生活保護の決定等に対し審査請求、取消訴訟など不服申立てを行うことの可否が争われた事案。

【判断】
 一審判決は、外国人である原告に生活保護法の適用はなく、「生活に困窮する外国人に対する生活保護の措置について」(昭和29年5月8日社発382号)と題する厚生省社会局長通知に基づいて行われてきた外国人に対する生活保護の実施は任意の行政措置として行われてきたものであるとして、保護申請却下処分の取消しを求める部分及び保護開始の義務づけを求める部分は不適法却下、その余の請求については棄却した。
 これに対し、二審判決は、当該外国人がした生活保護申請を行政庁が却下する行為は、行政事件訴訟法3条1項の「公権力の行使」に該当すると判断し、同申請を却下した処分を取り消した。大分市上告。
 最高裁判所の判決は、三転し、二審判決の大分市敗訴部分を破棄し原告の主張を退けた。  なお、最高裁判所の判決自体は、生活保護法による保護の適用を求める申請に対する却下決定が争われたものであり、行政措置として行われる事実上の保護の申請が却下された場合にこれを訴訟等で争うことが認められる余地は残されている。

【参考】
一審判決 大分地裁平成22年10月18日判決、賃社1534号22頁、裁判所ウェブサイト
二審判決 福岡高裁平成23年11月15日判決、判タ1377号104頁、賃社1561号36頁
最高裁判決 平成26年7月18日判決 ・判例地方自治386号78頁、賃社1622号30頁

2 申請権の侵害、辞退届 小倉北自殺事件(福岡地裁小倉支部平成23年3月29日判決)

【事案の内容】
 60代の男性が、入院中の病院で福祉事務所の職員と面談し、その後、複数回にわたり福祉事務所を訪問したが、生活保護申請書を提出するには至らなかった。その後、男性は居宅生活に移行して保護が開始された。しかし、就労を開始すると、福祉事務所に辞退届を提出させられ、その翌日には保護が廃止された。約1か月後、男性は失職したため福祉事務所を訪問したが、当日、その翌日も就労を指導され、申請書を提出する事ができなかった。数日後、男性は自殺した。男性の相続人らは、北九州市に対し、父親が生活保護の受給権を侵害され自殺に追い込まれたとして、(1)男性が福祉事務所や病院で同所職員らと面談した時の調査開始義務違反、保護開始決定義務違反、(2)福祉事務所の職員らの助言・教示義務違反、申請意思確認義務違反、申請援助義務違反、(3)保護廃止処分の違法性などを主張して、国家賠償請求訴訟を提起した。

【問題の所在】
 生活保護の申請に際し、福祉事務所窓口において申請届を受理しないケース(いわゆる「水際作戦」)や一旦、生活保護を開始しても、ケースワーカーが厳しい就労指導の末に辞退届を強要し保護廃止を行うケース(いわゆる「硫黄島作戦」)が問題となる。本件は、これらが常態化していた北九州市の運用の違法性が問われた事案である。

【判断】
 一審判決は、(1)及び(2)について、保護実施機関には「生活保護制度を利用できるかについて相談する者に対し、その状況を把握した上で、利用できる制度の仕組について十分な説明をし、適切な助言を行う助言・教示義務、必要に応じて保護申請の意思の確認の措置を取る申請意思確認義務、申請を援助指導する申請援助義務(助言、確認、援助義務)が存する」とし、福祉事務所の一部の行為(不作為)に助言・確認・援助義務違反を認定し国賠法上違法であるとした。(3)については、辞退届による生活保護の廃止をするには、「被保護者が保護利用を継続することができることを認識した上で、任意かつ真摯に辞退を申し出たといえること」、「被保護者に経済的自立の目途(十分な収入が得られる確実な見込み)があり、保護廃止によって急迫した事態に陥るおそれがないこと」が要件として必要であるとし、本件では、保護廃止は国賠法上違法であるとした。一審で確定。
 行政機関による「申請権侵害」の要件を明確にした点、辞退を勧めて廃止決定を行う行為が違法であることを明確にした点が重要な事例である。

【参考】
一審判決(確定) 福岡地裁小倉支部平成23年3月29日判決 賃社1547号42頁

3 求職者の稼働能力活用 岸和田訴訟(大阪地裁平成25年10月31日判決)

【事案の内容】
 30代の原告が、仕事を探し続けても見つからず、保護実施機関に生活保護申請に赴いたところ、5回にわたって生活保護申請を却下され続けた。
 原告は、申請に対する却下処分の取消しと、却下処分によって被った財産的損害・精神的損害に対する慰謝料を求めて提訴した。

【問題の所在】
 生活保護法第4条1項は、保護の要件として、「その利用し得る資産、能力その他あらゆるものを、その最低限度の生活の維持のために活用すること」(保護の補足性)を挙げ、資産と並んで、「稼働能力の活用」を要件とする。そこで、稼働年齢層においては生活保護の受給が可能かが問題となる。働く能力があっても、就労の場がみつからない場合等に、保護を受けることができることを明らかにした事例である。

【判断】
 一審判決は、(1)稼働能力、(2)稼働能力活用の意思、(3)稼働能力を活用する就労の場の三要素を判断枠組みとして、原告が、厳しい生活状況に置かれ保護の開始を望んで福祉事務所に赴いたにもかかわらず申請ができなかった経過等に着目し、「現在の生活状態や就労、求職状況等の聴取を怠り、かつ、保護の可否については慎重な判断が要求されるにもかかわらず、原告の年齢及び健康状態のみに基づいて安易に原告は稼働能力活用の要件を充足していないと即断し、それ以上原告夫婦への対応を行わなかった」と断じて、却下決定を取り消すとともに、岸和田市に対して約70万円の支払いを命じた。一審で確定。

【参考】
一審判決 大阪地裁平成25年10月31日判決 賃社1603・1604号81頁 最高裁Web

4 稼働能力の判断基準 新宿七夕訴訟(東京高裁平成24年7月18日判決)

【事案の内容】
 東京都新宿区において路上生活をしていた原告が、同区の福祉事務所において生活保護の開始申請をしたところ、同区がホームレス施策として実施していた自立支援システム(巡回相談事業、緊急一時保護事業、自立支援事業など)の利用を求められ、原告がこれを断ると、生活保護法4条1項所定の「その利用し得る能力を、その最低限度の生活の維持のために活用すること」という要件を充足していると判断することができないという理由により申請を却下する旨の決定を受けた。
 原告は、東京都新宿区に対し、却下決定の取消しを求めるとともに、当初の申請に対して生活保護を開始する旨の決定(保護の種類及び方法につき居宅保護の方法による生活扶助及び住宅扶助とするもの)をすべき旨を命ずることを求め、さらに、申請日から東京都板橋区で保護を開始されるまでの間の扶助費(生活扶助費及び住宅扶助費)等の支払いを求めて東京地方裁判所に提訴した。なお、本件訴訟は、提訴日が7月7日だったことから、「新宿七夕訴訟」と呼ばれている。

【問題の所在】
 稼働能力の判断枠組みが問題となった事案である。稼働能力判断の3要素のうち、稼働能力を活用する意思が認められるために「真摯な努力」までは必要なく、「働く意思」さえあれば、その程度・量は問わない解釈を明らかにした。

【判断】
 一審判決は、稼働能力の活用要件について、「当該生活困窮者が、その具体的な稼働能力を前提として、それを活用する意思を有しているときには、当該生活困窮者の具体的な環境の下において、その意思のみに基づいて直ちにその稼働能力を活用する就労の場を得ることができると認めることができない限り、なお当該生活困窮者はその利用し得る能力を、その最低限度の生活の維持のために活用しているものであって、稼働能力の活用要件を充足するということができる」とし、稼働意思については「当該生活困窮者が申請時において真にその稼働能力を活用する意思を有している限り、生活保護の開始に必要な稼働能力の活用要件を充足」しているとし、さらに就労の場については「現に特定の雇用主がその事業場において当該生活困窮者を就労させる意思を有していることを明らかにしており、当該生活困窮者に当該雇用主の下で就労する意思さえあれば直ちに稼働することができるというような特別な事情が存在すると認めることができない限り、生活に困窮する者がその意思のみに基づいて直ちにその稼働能力を活用する就労の場を得ることができると認めることはできない」とした。そのうえで、原告についても、その意思のみに基づいて直ちにその稼働能力を活用する就労の場を得ることができたとはいえないなどとして、新宿区の却下決定の取消しのみならず、義務付けも認容した。
 その後、新宿区が控訴したが、二審判決も、前記「特別の事情」の有無についてさらに詳細な検討を加えたうえで、一審判決を支持し、控訴を棄却した。二審で確定。

【参考】
一審判決 東京地裁平成23年11月8日判決 賃社1553・1554号63頁
二審判決 東京高裁平成24年7月18日判決 賃社1570号42頁

5 老齢基礎年金の年金担保貸付利用者の保護申請 那覇市年金担保事件(那覇地裁平成23年8月17日判決)

【事案の内容】
 生活保護受給中の高齢の原告は、指導により生活保護受給中は年金を担保に借入れを行わない旨の誓約書を提出した。その後、原告は生活保護を廃止され、改めて年金担保貸付を受けたが、保護廃止から半年後に再度生活保護を申請した。
 しかし、保護実施機関は、原告が受給中の年金から返済を行っていたことを理由に上記申請を却下する決定を行ったことから、原告がこれを不服として、同却下決定の取消し、生活保護開始決定の義務付け及び生活保護による金銭給付を求めて提訴した。

【問題の所在】
 厚生労働省は、年金担保貸付について、同貸付を利用するとともに生活保護を受給していたことがある者が再度借入れをし、保護申請を行う場合には、当該申請者が急迫状況にあるかどうか、保護受給前に年金担保貸付を利用したことについて、社会通念上、真にやむを得ない状況にあったかどうかといった事情を勘案した上で、原則として、保護の実施機関は資産活用の要件を満たしていないことを理由とし、申請を却下して差し支えないとしている(昭和38年4月1日社保第34号厚生省社会局保護課長通知)。
 本件は、この例外となるべき事情についての判断枠組みを提供している。

【判断】
 一審判決は、法4条1項の要件を満たさない場合であっても、法4条3項「急迫した事由」がある場合には、保護を開始する義務がある場合があるとした。そして、「急迫した事由」とは、「単に生活に困窮しているだけでなく、生存が危うくされるとか、その他社会通念上放置し難いと認められる程度に状況が切迫している場合」をいうとし、原告に「急迫した事由」があったと認めた。また、生活保護の申請に先立って年金担保貸付を受けた点についても、年金担保で借り入れた金銭がすべて生活保護を廃止された後に生活費のために借り入れた金銭の返済に充てられ、あるいは生活費として費消されたものと推認できるとして、「社会通念上真にやむを得なかったというべき」であるとして法4条1項の受給要件を満たすと判断した。これらの認定に基づき、却下決定を取り消すとともに、原告の申請に対して保護の開始決定を義務付けた。一審で確定。
 なお、本件では、原告が生活保護開始の仮の義務付けが認容されている。

【参考】
一審判決 那覇地裁平成23年8月17日判決 賃社1551号62頁

6 野宿者と居宅保護の原則 佐藤訴訟(大阪高裁平成15年10月23日判決)

【事案の内容】
 原告は、日雇い労働に従事していたが、高齢等により、就労が困難となり、野宿生活に至った。原告は、保護実施機関にアパートでの生活保護の利用を申請した。保護実施機関は、野宿生活者に対しては施設保護しか実施していないとして、原告に対し住宅を確保しての保護利用を認めなかった。原告は、施設保護の処分を不服として審査請求を行った。
 その後、知事は、1年たってもこれに対する裁決をしなかったため、1998年(平成10年)12月2日に、処分の取消しを求めて提訴した。

【問題の所在】
 生活保護法が居宅保護を原則(法第30条1項)としているにもかかわらず、野宿者については、施設への収容保護しか認めない「行政慣行」がある。本件は、この行政慣行の違法性が問われた。

【判断】
 一審判決は、原告の請求を認めた。これに対して、被告が控訴したが、二審判決は、本件について、原告が「居宅保護によることができない」との要件に該当せず、収容保護したのは違法であるとして、被告の控訴を棄却し、原告の請求を認めた。二審で確定。

【参考】
 一審判決 大阪地裁平成14年3月22日判決 賃社1321号10頁 最高裁Web
 二審判決 大阪高裁平成15年10月23日判決 賃社1358号10頁 

7 大野城市63条返還及び住宅扶助特別基準設定事件(福岡地裁平成26年3月11日判決)

【事案の内容】
 生活保護を受給していた原告が、処分行政庁から、①処分行政庁が原告の受給していた厚生年金を看過して生活保護費の過誤払いを行ったところ、生活保護法63条に基づきその全額の返還を命じられた処分、②転居するにあたって住宅扶助費(家賃)月額4万3600円の申請に対し、実施機関かぎりで認定できる上限額である月額4万1100円と認定された処分、③転居に要する敷金を支給する旨の申請に対し、これを支給しない旨の処分を受けたため、これらの各処分の取消しを求めて提訴した。

【問題の所在】
(1)法63条は「…資力があるにもかかわらず、保護を受けたときは…その受けた保護金品に相当する金額の範囲内において保護の実施機関の定める額を返還しなければならない。」と費用返還義務を定めるが、その判断枠組みが問題となる。
(2)被保護者に転居が必要な一定の場合に転居費用(敷金等)が支給されるが、転居先の家賃が特別基準額を超える場合にも敷金は支給されるか。(現在の運用では、実施要領の規定を形式的に解釈し、転居先の家賃が特別基準額を超える場合には敷金支給が一切認められない。)

【判断】
 (1)法63条の適用について
 法63条の適用について、最高裁判決(平成18年2月7日第三小法廷判決)を参照し、「保護の実施機関が、返還額決定について有する裁量は、全くの自由裁量ではなく、返還額の決定に当たり、自立更生のためのやむを得ない用途にあてられた金品及びあてられる予定の金品(以下、併せて「自立更生費」という。)の有無、地域住民との均衡、その額が社会通念上容認される程度であるか否か、全額返還が被保護者世帯の自立を著しく阻害するかという点について考慮すべきである」、「その裁量権の行使が逸脱濫用に当たるか否かの司法判断においては、その判断が裁量権の行使としてされたことを前提とした上で、その判断要素の選択や判断過程に合理性を欠くところがないかを検討し、その判断が重要な事実を欠くか、又は社会通念に照らし著しく妥当性を欠くと認められる場合に限って、裁量権の逸脱又は濫用として違法となる」として、本件については原告の生活実態や収入、過誤払いの額、原告が過誤払いを知らなかったこと、原告が過誤払金を浪費したとの事実は認められないこと等を踏まえて、処分取り消しを認めた。

 (2)住宅扶助費について
 転居の必要性を認めたが、裁量権の逸脱・濫用を認めなかった。

 (3)転居費用(敷金支給)について
 実施要領の規定が、特別基準額「以内の家賃又は間代を必要とする住居に転居するとき」としているものの、これは「特別基準額に3を乗じて得た額の範囲内であれば、処分行政庁において、必要な額を認定して差しつかえない旨を定めたものにすぎない」として、支給することの可否等について厚生労働省に情報提供するなどして検討すべきであったのに、形式的判断により敷金相当額を一切支給しなかったもので、裁量権の逸脱・濫用があったとして、処分を取り消した。
(一審で確定)

【参考】
一審判決 福岡地裁平成26年3月11日判決 賃社1615・1616号112頁

8 保護費を原資とする学資保険と法4条1項の「資産」 中嶋訴訟(最高裁平成16年3月16日判決)

【事案の内容】
 原告が、子どもの進学のために保護費から保険料月額3000円の学資保険を支出していたところ、保護実施機関が、学資保険の解除を指示し、解約金を収入として認定し、保護費を減額した。
 原告が、処分の取消しと損害賠償を求め提訴。

【問題の所在】
 法第4条は補足性の要件として「利用しうる資産」の活用を挙げるが、生活保護費より学資保険料を支出することは適法か(学資保険は「資産」に該当するか)。

【判断】
 訴訟中に原告(処分の名宛人)が死亡したことから、原告の子ら(訴訟承継人)が訴訟を承継した。
 一審判決は、処分取消について訴訟承継人らの原告適格を認めなかった。また、一般的には、学資保険の解約を要求しその返戻金を収入として認定することは違法であるとしながらも、本件については、学資保険の使途が自立更生の目的に限定されていたとは認めがたいとして、損害賠償請求についても認めなかった。
 二審判決は、原告本人の不服申立ては、世帯構成員の代表として行ったものであるとして、訴訟承継人らの原告適格を認め、一度支給された保護費の使途は原則として自由であるところから、学資保険の返戻金を収入として認定することは違法であるとして、処分取消請求を認めたが、損害賠償請求については、保護実施機関が違法な処分を故意または過失により行ったものではないとして請求を認めなかった。
 最高裁判所は要旨「1 生活保護法による保護を受けている者が同法の趣旨目的にかなった目的と態様で保護金品又はその者の金銭若しくは物品を原資としてした貯蓄等は、同法4条1項にいう「資産」又は同法(平成11年法律第160号による改正前のもの)8条1項にいう「金銭又は物品」に当たらない。」
「2 生活保護法による保護を受けている者が、同一世帯の構成員である子の高等学校修学の費用に充てることを目的として満期保険金50万円、保険料月額3000円の学資保険に加入し、保護金品及び収入の認定を受けた収入を原資として保険料を支払い、受領した満期保険金が同法の趣旨目的に反する使われ方をしたことなどがうかがわれないという事情の下においては、上記満期保険金について収入の認定をし、保護の額を減じた保護変更決定処分は、違法である。」として、原告らの処分取消請求を認め、原告勝訴が確定した。

【参考】
一審判決 福岡地裁平成7年3月14日判決 判タ896号104頁
二審判決 福岡高裁平成10年10月9日判決 判時1690号42頁
最高裁判所 最高裁平成16年3月16日判決 判時1854号25頁 最高裁Web

9 障害者の自動車保有の可否 枚方身体障害者自動車保有事件(大阪地裁平成25年4月19日判決)

【事案の内容】
 生まれつき両股関節全廃の障害を持ち、歩行が困難な原告が、生活保護を受け始めた後、従前から日常生活に通院や日常生活に利用してきた資産価値のない自動車の処分を指示され、これに従わなかったため、指導指示違反を理由に生活保護を廃止された。
 また原告は、保護を廃止されてから約2年後、改めて保護開始の申請を行ったが自動車を処分していないことを理由に却下された。原告は、これらの廃止処分及び却下処分の取り消しとともに、国家賠償法に基づく損害賠償を求めて提訴した。

【問題の所在】
 厚生労働省は、生活用品としての自動車の保有を原則として認めないが、例外として、一定の場合、通勤、通院のための自動車保有を認めている。本件では、障害者である原告の自動車保有の可否が問題となった

【判断】
 一審判決は、自動車の保有について、処分価値がない資産であるからといって当然に保有が認められるものではないが、「処分するよりも保有して活用する方が生活維持及び自立助長に実効性があり、維持費等の経済的支出が社会通念上是認できると認められるような事情があるかという観点からその保有の可否が検討されるべきである」とし、原告が自動車による以外に通院等を行うことは極めて困難であったと認め廃止処分の違法性を認めた。また、国賠法1条1項の違法性を検討し、廃止処分については重大な不利益処分であるにもかかわらず事情聴取等の必要な調査・検討を怠ったとして、職務上の注意義務違反を認めるとともに、再度の申請に対する却下決定についても、保護廃止から約2年の期間があったにもかかわらず、専ら自動車が処分されていないことを理由に漫然と却下したとして注意義務違反を認め、損害賠償請求を認めた。一審で確定。
 なお、原告が通院以外に自動車を使用していたとの被告の反論に対しては、「当該自動車を通院等以外の日常生活上の目的のために利用することは、被保護者の自立助長(同法1条)及びその保有する資産の活用(同法4条1項)という観点から、むしろ当然に認められる」と判示した。

【参考】
一審判決 大阪地裁平成25年4月19日判決 賃社1591・1592号64頁

10 他人介護料 高訴訟(最高裁平成15年7月17日決定)

【事案の内容】
 障害等級1級該当の原告が受けた、心身障害者扶養共済制度条例に基づく年金(月額2万円)を、保護実施機関が収入として認定し保護費を減額した。原告は、この年金を収入認定から除外すべきであること、及び、原告に支給されている他人介護料が低額すぎるにもかかわらず、この年金を収入として認定することが違憲・違法であること等を理由としてこの処分の取消しを求め、金沢地方裁判所に提訴した。

【問題の所在】
 障がいのある人の介護等の特別の需要にあてるために支給される心身障害者扶養共済制度条例に基づく年金について、現金の給付がなされればこれを単なる収入として認定し保護費を減額できるか。同年金が、障がいのある人の自立助長を趣旨目的としていることから、これを減額することが問題となる。

【判断】
 一審判決は、原告の生活実態からして、生活保護法上の給付が不十分であるとする一方、この年金は、障がいのある人の福祉増進・自立助長の面が強いもので、収入として認定すべきでないとして保護実施機関の上記処分を取り消した。二審判決、最高裁決定とも原告が勝訴した。
 その後、2003年(平成15年)8月7日、厚生労働省社会・援護局保護課が、生活保護関係全国係長会議資料の中で、このような年金については、収入として認定しないとの運用改善を指示し、2004年(平成16年)度の実施要領も改正された。

【参考】
一審判決 金沢地裁平成11年6月11日判決 判時1730号11頁
二審判決 名古屋高裁金沢支部平成12年9月11日判決 判タ1056号175頁
最高裁決定 最高裁平成15年7月17日決定 判例集未登載

11 国外滞在期間の保護、海外渡航費 海外渡航時保護費不支給事件(最高裁平成20年2月28日判決)

【事案の内容】
 国外に一時的に滞在した原告(中国残留孤児)について、保護実施機関は、「国外滞在中は、国外で生活しており、国外滞在中(11日間)の保護費の支給は認められない」として保護費を減額したところ、原告が処分の取消しを求めて提訴した。

【問題の所在】
 被保護者が国外に一時滞在した際、生活保護費は支給されるか。

【判断】
 一審は、国外に滞在している保護利用者であっても、それが一時的で、国内の居住場所が確保されており、帰国が予定されているときは、生活の本拠は依然として国内の居住地にあると解されるから、国外滞在中の保護費は支給されるべきであるとして、原告の請求を認めて保護費減額処分を取り消した。二審も同旨。
 他方、最高裁判所は、国外に滞在している保護利用者であっても、それが一時的である場合には、生活の本拠は依然として国内の居住地にあると解されるとしながらも、使われた国外への渡航費用7万円については、最低生活を超えるものと判断して、保護費減額処分を正当なものであるとして、破棄・自判。原告の請求を棄却した。

【参考】
一審判決 大阪地裁平成16年2月26日判決 判時257号87頁
二審判決 大阪高裁平成16年11月5日判決 判例集未登載
最高裁判所 平成20年2月28日判決 裁時1454号7頁

12 障害年金遡及支給と法63条 遡及障害年金63条返還事件(大阪高裁平成25年12月13日判決)

【事案の内容】
 生活保護を受給していた原告が障害基礎年金の遡及分の支給を受けることとなったが、保護実施機関は法63条を適用して、遡って支給された障害基礎年金に相当する支給済みの保護費相当額全額の返還を命じる処分を行った。
 原告は、遡及分支給に至る経緯を考慮せずに返還額を決定した点等に保護実施機関の裁量権を逸脱・濫用した違法があること、生活保護支給の経緯にいわゆる水際作戦による保護申請権の侵害があること、そして、返還額の決定にあたって担当職員に調査義務違反の違法があることなどを主張し、本件処分の取消しを求めて提訴した。

【問題の所在】
 障害基礎年金の遡及支払いは、法第63条費用返還義務の対象となるか。

【判断】
 一審判決は、障害基礎年金の遡及支給分が「資力」となった時期を「支給事由が生じた日」としたうえで、全額返還の要否について「当該世帯の自立更生のためにやむを得ない用途に充てられたものかどうか、社会通念上容認できる程度であるか、保護金品の全額を返還額とすることが当該世帯の自立を著しく阻害するかどうかについての判断に合理性がない場合は、その裁量権の逸脱、濫用として違法となる」として裁量権の逸脱・濫用となる場合があることは認めたが、本件について、生活保護の申請権侵害は認定せず、裁量権の逸脱・濫用を否定し、返還決定に際しての調査義務違反も否定した。
 二審判決は、裁量権の逸脱・濫用を判断するにあたり、原告がかつて要保護状態にありながら、保護課の不適切な対応によって保護の開始が遅れたものと認定し、現実に保護開始を受けたときまで生活に困窮して、その間に知人や親戚などからの借入に頼って生活してきたものであり、その借入は保護課の不適切な対応が招いたものであって、その当時に要保護状態にあったことからすれば、その借入金の返済は、「保護開始前の単なる負債の返済とは異なり、本来、生活保護として支給されるべき金員の立替金の返済ともいうべきものである」として、障害基礎年金の受給権発生日から保護申請日までの控訴人の生活実態や自立更生のための需要及び借金した事情について更に聞き取り、調査する義務があったにもかかわらず、その調査を尽くしていなかったとして、裁量権の逸脱・濫用を認め、処分を取り消した(二審で確定)。

【参考】
一審判決 神戸地裁平成24年10月18日判決 判例集未登載
二審判決 大阪高裁平成25年12月13日判決 裁判所Web

13 費用の徴収 高松78条裁判(最高裁平成22年3月23日決定)

【事案の内容】
 原告が生活保護の申請をした際に、原告と同一世帯に属する長男を被保険者とし、同一世帯に属しないその父を契約者とする育英年金付きこども保険契約が存在していた。原告は、申請時に、その父の死亡により原告の長男が同保険契約に基づく育英年金の受給権を得ていたにもかかわらずこれを申告せず、また、保護開始後に同保険契約に基づく育英年金を受け取ったにもかかわらずこれを申告しなかった。保護実施機関は、申告をしなかったことが生活保護法78条にいう「不実の申請その他不正な手段」に当たるとして、費用徴収金決定処分を受けた。
 原告は、保護申請時には育英年金受給権の取得を確認しておらず、また、学資保険に関する訴訟(中嶋訴訟 最高裁平成16年3月16日判決 裁判所Web参照)のマスコミ報道により学資保険に類する上記保険について申告義務がないと誤信していたなどと主張して、費用徴収金決定処分の取消しを求めて提訴した。

【問題の所在】
 生活保護の利用にあたっては、解約返戻金や保険料が一定以下の学資保険契約については保有することが認められている。本件は、被保護者が保有要件をみたさない保険契約の被保険者であった場合に、生活保護の申請等が生活保護法第78条「不実の申請その他不正な手段」に当たるか否かが問われた事例である。

【判断】
 一審判決は、保険に基づく育英年金支払請求権が発生し、その権利が長男に属していることについて、原告に確たる認識があったとまでは認めることができない、申請時、故意に本件保険の存在を隠ぺいしたとまではいえず、申告に明らかに作為を加えたとは断定できないとして、法78条の適用を否定し、処分の取消しを認めた。
しかし、二審判決は、生活保護の申請をした際に福祉事務所の職員から「生活保護のしおり」の内容の説明を受けており、「生活保護のしおり」には収入に生命保険も含まれ、変動があれば速やかに届け出る必要があること等が記載されている事実等より、原告が保険に基づく育英年金支払請求権が発生したこと等を認識していたものと認定し、法78条の適用を肯定して、原告の請求を棄却した。
 原告は上告及び上告受理申立てをしたが、最高裁判所は上告を棄却し、上告不受理の決定を出した。

【参考】
一審判決 高松地裁平成21年3月23日判決 判例集未登載
二審判決 高松高裁平成21年11月30日判決 裁判所Web
最高裁判所 平成22年3月23日決定 

14 指導指示違反を理由とする保護廃止処分と手続違反 北九州市違法指導指示事件(福岡高裁平成22年5月25日判決)

【事案の内容】
 夫原告は、妻子とともに生活保護を受給してきたところ、福祉事務所は、すでに独立した長男の住所の報告や世帯全員の住所氏名を記入した同意書の提出を指示し、その指示に従わなかったとして、世帯の保護を停止した。
 停止の際、書面による指示、弁明聴取の通知書、処分の通知は、本人らに送達されず、その後、いったん保護は再開された。
 他方、福祉事務所は、妻と三男に就労を指示し、これが履行されていないとして、妻と三男だけにしか弁明の機会を与えなかったにも関わらず、世帯主である夫を名宛人として保護を廃止した。
 原告らは、(1)停止処分の違法性、(2)廃止処分の違法性、をそれぞれ主張するとともに、(3)ケースワーカーの言動を含む福祉事務所の対応に違法があった、として福祉事務所や市に処分の取消し及び無効と損害賠償を求めて提訴した。
 なお、停止処分については、処分から60日以上経過した後に審査請求が申し立てられていたため、審査請求期間の経過の有無も争点となった。

【問題の所在】
 保護の実施期間が被保護者に対して行う指導指示(法第27条)について、被保護者はこれに従う義務があり、義務違反がある場合、実施機関は、保護の変更、停止又は廃止ができる。
 しかし、指導指示違反により生活保護の停・廃止を行うには、文書による指導指示、弁明の機会の付与など厳重な手続きが必要である、本件では、この手続の不備が問題となった。

【判断】
 一審判決は、審査請求の期間内であったことを前提に、「書面による指示」については、法27条1項、62条3項、法施行規則19条が書面による指示を求めている趣旨を確認し、「指示書は確実に被指示者に交付されることが必要であり、その交付がなくても上記各規定に反しないというためには、実施機関が指示書交付のための相応の方策を尽くした事情が認められ、かつ、口頭による指示が十分かつ具体的に行われたことを要する」として、本件における手続違反を認めた。また、「弁明の機会の保障」については、法62条4項による弁明の機会の保障が被保護者の権利保護のために重要であることを確認し、「弁明の機会の保障はできる限り確実に行われなければならず、実施機関はそのための相当の措置を取る必要がある」として、本件において弁明の機会の保障を欠いていたことを認めた。さらに、「書面による処分の通知」については、法26条が書面をもって被保護者に処分を通知すべきことを求めている趣旨を確認し、「書面による通知は、処分後速やかに、できる限り確実に行われなければならず、実施機関は通知書交付のため相当と認められる方策を尽くす必要がある」として、本件では通知規定に反すると認めた。
 前二者は保護停止の処分に重大な影響を及ぼすものであるとして、(1)処分を取り消した。次に、(2)「廃止処分の違法性」については、就労指示の違法性は否定したものの、三男に対する求職指示については「相当性・適切性に問題なしとしない」と評価し、廃止ではなく停止にとどめても「指示事項が履行された可能性もあった」などと指摘して、直ちに保護を廃止したことが著しく相当性を欠き、裁量逸脱の違法があるとして、処分を取り消した。さらに、本件では世帯全員の保護が廃止されたにもかかわらず、妻と三男だけにしか弁明の機会が保障されなかった点についても「世帯員の一部の者の指示違反を理由に保護を廃止する場合、他の世帯員に対しても弁明の機会は与えられなければならない」として、法62条4項違反を認めた。そして、国家賠償請求については、これらの手続違反のうち、停止処分において、「法令の要求する手続きを実行する姿勢が希薄であった」、「職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然と処分を行った」として国賠法上の違法性を認め、市に対して、原告らに各33万円の支払いを命じた。

 二審判決は、(1)停止処分について、弁護士を介して通知を受領する以前に原告らが福祉事務所職員とやり取りをしている経過があり、遅くとも原告ら夫婦が福祉事務所を訪れた日には停止処分の存在や内容を了知していたと認定して、審査請求期間の徒過により訴訟要件を欠くものとして訴えを却下した。
 原告らは停止処分について予備的に無効確認を求めていたが、「書面による指示」、「弁明の機会の保障」、「書面による処分の通知」、の各手続きの違反について、それぞれ手続き上の瑕疵があることは認めながら、その瑕疵が処分を無効ならしめるほどの重大かつ明確な瑕疵であるとは認めず、「取消事由となり得ることはあっても、それが無効になるとまではいうことができない」とされた。(2)廃止処分については、廃止処分が原告ら家族に与える影響の重大性等に照らして裁量権の逸脱を認め、(3)国家賠償請求については、福祉事務所の対応につき「保護の停止を急ぐ余り、保護停止という重い不利益処分を行うに当たり、法令が要求した手続保障を蔑ろにするものと言わざるを得ない」として注意義務違反を認め、それぞれ原審の結論が維持された。二審で確定。

【参考】
一審判決 福岡地裁平成21年3月17日判決 判タ1299号147頁 判例地方自治321号43頁
二審判決 福岡高裁平成22年5月25日判決 賃社1524号59頁

15 保護辞退届の運用 保護辞退届による保護廃止決定取消等請求事件(広島高裁平成18年9月27日判決)

【事案の内容】
 原告は、 2000年(平成12年)11月28日付けで保護が開始された。原告は、翌年1月からの就労することになったが、給与が最低生活費を下回る状態であったにもかかわらず保護実施機関から保護の辞退届を出すよう求められ、指示されるまま辞退届を提出した。保護実施機関は、原告が保護を辞退したとの理由で、2001年(平成13年)1月1日付けで保護を廃止する決定を出した。
 これについて、原告は、辞退届は強要されて提出したもので無効である、保護が廃止されれば生活できないとして、審査請求の上、保護廃止決定の取消しと慰謝料を請求して提訴した。

【問題の所在】
 生活保護法上、要保護性がなくなったとき、立ち入り調査を拒否し検診命令に違反したとき、指導指示に違反したときにのみ、保護廃止が許される。他方、行政実務上、保護辞退届を提出させ、これにもとづいて保護廃止を行うケースがある。本件は、保護辞退届による保護廃止が問題となった事案である。

【判断】
 一審は、辞退届は強要されたものではないとして、原告の請求を棄却した。
 二審は、一審判決を取り消して、原告の自立のめどが立ったといえないにもかかわらず辞退届を書かせた保護実施機関の担当者の不適切な対応は生活保護法の基本にかかわるもので、原告は、錯誤により辞退届を書いたところから、保護廃止処分を取り消す、また、保護利用権が違法に侵害された精神的損害賠償として30万円を支払えとの判決を下した(二審で確定)。

【参考】
一審判決 平成17年3月23日判決 賃社1432号55頁
二審判決 平成18年9月27日判決 賃社1432号42頁

16 退院即保護廃止 京都山科生活保護損害賠償請求事件(京都地裁平成17年4月28日判決)

【事案の内容】
 生活保護受給中のA氏(当時38歳)は、病院に入院、退院後直ちに保護が廃止された。この時点で、A氏には、収入のあてもなく、親族の援助を受ける見通しもなかった。退院後2カ月あまり後、自宅アパートで死亡しミイラ化したA氏が発見された。このため、A氏の遺族が、保護実施機関の違法な運用を問題視し損害賠償請求訴訟を提起した。

【問題の所在】
 生活保護廃止は、生活保護法に定められた理由(法26条・28条・62条3項)に該当する場合に限定されるもので、「退院」や「傷病治癒」は、保護の廃止理由にはならない。
 しかし、18歳から65歳までのいわゆる稼働年齢層に対し、行政運用の一環として、「退院即生活保護廃止」という違法な運用が行われてきたが、本件はその違法性を指摘した事件である。

【判断】
 一審判決は、保護実施機関、保護が必要であることを認識しながら、保護を廃止したのは違法であるとして、保護廃止に伴う損害賠償金220万円を認めた。一審で確定。

【参考】
一審判決 京都地裁平成17年4月28日判決 判時1897号88頁 裁判所Web

17 実現困難な指導指示の違法性 増収指導事件(大阪高裁平成27年7月17日判決、差戻審)

【事案の内容】
 保護実施機関は、資産価値のない軽自動車を使用して友禅染の仕事に従事していた原告(被保護者、自営業)に対し、「収入を月額11万円(必要経費を除く)まで増収して下さい。」と指示(法27条)した。保護実施機関は、原告が月額3万円程度の収入しか上げられなかったため、指示の不履行を理由に生活保護廃止を決定した。原告は、保護廃止決定を違法なものであるとして、京都市に対し損害賠償を求めて提訴。

【問題の所在】
 被保護者が指導指示義務に違反した場合保護廃止の対象となりうるが、本件ではそもそも実現が著しく困難な指示(自営業者に対する増収指示)に基づく保護廃止が問題となった。また、書面には記載がないが口頭で指示されていた事項について指示の内容と認められるかが争われた。

【判断】
 一審判決は、原告が、当時置かれた生活状況の下で、友禅の内職の仕事で月11万円へと収入を増加させることは到底期待できず、本件指示は客観的に実現不可能又は少なくとも著しく実現困難なものというべきであるから、同指示は違法な指導指示に当たり、同指示の不履行を処分理由とする本件廃止決定も違法であると判断し、保護廃止後の生活保護費相当額である約400万円余りの損害を認めた。
 これに対し、二審判決は、「本件指示の内容を解するに当たっては、上記文言のみならず、本件指示書に記載のある指示の理由、本件指示に至るまでの経緯、処分行政庁による従前の指導内容、それに対する対応や認識などを総合考慮して判断すべきである」として、本件では、従前の就労状況では自動車を保有することはできず、保護を継続するためには、自動車を処分するか、増収を図るかしかないことは十分理解していたといえ、自動車を処分することで本件指示に違反したことにならないことも十分理解していた」等とし、自動車を処分すれば、本件指示に従ったことになるのであるから、指示の内容が客観的に実現不可能又は著しく困難な場合とまでは認めることができないとして、請求を棄却した。原告上告。
 最高裁は、下記のように結論づけ破棄差戻した。
判決要旨「生活保護法62条3項に基づく保護の廃止の決定に先立ち、処分行政庁による被保護者に対する同法27条1項に基づく指示が生活保護法施行規則19条により書面によって行われた場合において、当該書面に、指示の内容として、被保護者の特定の業務による毎月の収入を一定の金額まで増収すべき旨が記載されているのみで、被保護者の保有する自動車を処分すべきことも指示の内容に含まれているものと解すべき記載は見当たらないという判示の事情の下においては、処分行政庁が被保護者に対し従前から増収とともにこれに代わる対応として上記自動車の処分を口頭で指導し、被保護者がその指導の内容を理解しており、当該書面にも指示の理由として従前の指導の経過が記載されていたとしても、上記自動車の処分が当該指示の内容に含まれると解することはできない。」
 差戻審(大阪高裁平成27年7月17日判決)は廃止を違法と認めて、市に約684万円の損害賠償を命じた。判決確定。

【参考】
一審判決 京都地裁平成23年11月30日判決 判時2137号100頁 裁判所Web
二審判決 大阪高裁平成24年11月9日判決 判例地方自治369号92頁 裁判所Web
最高裁判所 平成26年10月23日判決 裁判所Web
差 戻 審 大阪高裁平成27年7月17日判決

18 裁決期間徒過の違法性と訴訟費用の負担 裁決期間徒過事件(秋田地裁平成22年2月26日判決)

【事案の内容】
 生活保護を受けている原告が、自らに対する生活保護変更決定処分及び保護費返還額決定処分を不服として、秋田県知事に審査請求をしたにもかかわらず、知事が本訴提起に至るまで150日近くも何らの裁決をしないことが違法であるとして、不作為の違法確認を求めて提訴した。知事が本訴提起後に本件各処分を取り消す裁決をしたため、訴えの利益が失われ本件訴えは不適法なものとして却下されることになるが、裁決の遅延の責任を理由とする訴訟費用の負担を巡り、裁決期間を徒過した点についての違法性が争点となった。

【問題の所在】
 法65条1項は、生活保護に関する審査請求に対する判断を特に早期に行わせることによって、審査請求人の生存権を実質的に確保することを目的として、生活保護の決定及び実施に関する処分についての審査請求につき50日以内で裁決しなければならない旨定めている。
 本件では、裁決の判断が上記期間を大幅に途過したことを契機として訴えが提起された事案であり、裁判所の「裁決をすべき期間」に対する判旨事項が参考になる。

【判断】
 一審判決は、「行政事件訴訟法3条5項に定める不作為の違法確認訴訟は、行政庁が法令に基づく申請に対して相当の期間内に処分又は裁決を行わない場合に、この違法を確認することで行政庁の事務処理の促進を図り、行政庁による不作為から申請人を救済することを目的とする訴訟であるところ、行政庁が相当な期間を経過しても申請に対する応答を行わない場合には、相当の期間を経過したことを正当とするような特段の事情がない限り、原則として行政庁の不作為は違法となる」「この相当の期間は、基本的には処分又は裁決の種類や性質、事案の難易度等に応じて客観的に決められるべきである」「もっとも、法令が行政庁の応答すべき期間を特に定めている場合には、特段の事情がない限り、当該期間が経過したことをもって相当の期間を経過したものというべきである」という判断を示し、本件では、法定の裁決期間を大幅に超えた日数が経過しており、特段の事情が認められないとして、訴訟費用をすべて被告の負担とした。一審で確定。

【参考】
一審判決 秋田地裁平成22年2月26日判決 賃社1522号62頁

19 仮の救済制度・稼働能力の活用 八幡浜市稼働能力不活用廃止事件(松山地裁平成26年7月11日決定)

【事案の内容】
 申立人(事件の当事者)は、平成24年5月から生活保護を受給し、平成26年1月には歩行障害ないし身体表現性障害と診断されていたところ、保護実施機関は申立人に対し、積極的に求職活動を行わない場合には生活保護の停止等がある旨を通知(指導)した。保護実施機関は、指導指示の不履行を理由として平成26年3月24日付けで生活保護停止処分をし、さらに、同年4月25日付けで生活保護廃止処分をした。
 申立人は、同年5月8日に再度生活保護を申請したが却下された。そこで、停止処分及び廃止処分の審査請求を申し立てたうえ、審査請求の裁決を待たず、さらに地方裁判所に本件各処分の取消しを求める訴えを提起するとともに、行政事件訴訟法25条2項に基づき、本件各処分の執行停止を申し立てた。

【問題の所在】
 すでに、生活保護廃止決定がなされた場合、再度、生活保護申請を行うことが可能であるが、これも却下された場合には、行政事件訴訟法25条に基づき生活保護廃止の効力を「停止」することを求めることができる。本件は、稼働能力の有無を本案審理事項として、執行停止が認められた事例である。

【判断】
 本件決定は、裁決を経ずに提起された本案訴訟の適法性を行訴法8条2項2号に基づいて認めたうえで、重大な損害を避けるための緊急の必要性について、「本件各処分は、申立人に生活保護の一切を支給しないとするものであり、申立人の最低限度の生活を脅かすもの」であり、「ひとたび最低限度の生活水準が維持できなくなった場合、申立人には、その生活や身体生命に直接重大な影響を及ぼす財産的損害や身体的、精神的損害が生ずる。これらの損害については、いずれも事後的な金銭賠償による回復が容易とはいえないし、相当ともいえず、事前に損害の発生を避ける必要性が高いといえる」と判断し、さらに、本案について理由があるか否かについては、「一件記録から看取される申立人の就労能力、本件各処分に至る経緯等からすると、本件各処分が違法である疑いがまったくないとはいえず、さらなる審理を尽くす必要がある」とし、本案事件の一審判決の言渡し後30日を経過するまでの間につき、廃止処分と停止処分のそれぞれの執行停止を認めた。

【参考】
松山地裁平成26年7月11日決定 消費者法ニュース101号255頁

20 老齢加算廃止・母子加算削減処分取消等請求事件(生存権裁判 最高裁平成24年2月28日判決、同年4月2日判決、平成26年10月6日判決等)

【事案の内容】
 高齢者に特有の生活上の需要に応えるために支給されていた老齢加算が、2004年(平成16年)から2006年(平成18年)にかけて段階的に削減・廃止され、また、ひとり親世帯特有の需要に対応するために支給されていた母子加算についても、16~18歳の子どもがいる世帯については、2005年(平成17年)から削減、2007年(平成19年)に廃止され、15歳以下の子どもがいる世帯についても2007年(平成19年)から段階的に削減され、2009年(平成21年)に廃止された。
 こうした生活保護基準の引き下げが、高齢者とひとり親世帯の生存権を脅かすものであるとして、全国で600件あまり審査請求が提起された後を受けて、2005年(平成17年)4月以降、京都、秋田、広島、新潟、福岡、東京、青森、兵庫、札幌、釧路、熊本の各地方裁判所で老齢加算廃止処分の取消し等(京都、秋田、広島、新潟、福岡、東京、青森、兵庫、熊本)、母子加算減額処分の取消し等(京都、青森、札幌、釧路)を求めて提起された事件である。
 母子加算については、2009年(平成21年)7月の政権交代で誕生した民主党政権の下、同年12月に復活し、その後、2010年(平成22年)4月に厚生労働大臣と弁護団との母子加算復活合意の調印を経て、訴訟取下げにより終了した。
 本件については、これまでに各地で判決が言い渡されているが、このうち原告が勝訴したのは、福岡の高裁判決のみである。すでに最高裁判決が多く言い渡されている。

【問題の所在】
 朝日訴訟で初めて問題とされた生活保護基準自体の違憲・違法性を、正面から争う集団訴訟である。
 また、生活保護制度を問う、集団的審査請求運動、集団訴訟は、2013年(平成25年)8月から実施された生活扶助基準の段階的な引き下げに対しても行われ、1万人を超える人たちが審査請求を提起し、800名を越える原告が参加している。

【判断】

【参考】
福岡高等裁判所 平成22年6月14日判決 判タ1345号137頁 平成22年度重要判例解説2,27, 29,53頁 最高裁Web
上記の最高裁  平成24年4月2日判決 判タ1371号89頁 最高裁Web